新しい事業では、1)これまで行政や企業のための「考える黒子」であったシンクタンク技術を広く一般の社会が利用できるものにしていくこと、2)インターネット技術の発展がもたらす利便性をすべての人々が利用できるものとしていくこと、を目標としていきたいと思います。こうした目標を、たくさんの皆さんの協力で実現していきたいと思います。どうぞ皆様のご協力をお願い致します。
太郎は中学二年。仙台の父は、震災で一挙に立ちあがりができなくなり、ほぼ半年後の昨年11月、94歳で往生を遂げた。戦争など時代の大波に翻弄されたとは言え、その時代を母と共に良く生きた生涯だった。母(89)は、昨年末、平塚のケアハウスに移り、健康を取り戻した。ブロガーたる私、仕事は必ずしも順調とはいかず・・・、公私ともに多難なゴジラ世代(1954年生)の苦難は続く
土曜日, 2月 10, 2007
鮭の稚魚、多摩川に
新しい事業では、1)これまで行政や企業のための「考える黒子」であったシンクタンク技術を広く一般の社会が利用できるものにしていくこと、2)インターネット技術の発展がもたらす利便性をすべての人々が利用できるものとしていくこと、を目標としていきたいと思います。こうした目標を、たくさんの皆さんの協力で実現していきたいと思います。どうぞ皆様のご協力をお願い致します。
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2 件のコメント:
いよいよ稚魚が旅立ちましたね。1匹でも多く、無事に海に辿り着いてくれる事を祈るばかりですね。
こちらでは放流はもう少し先のようです。暖かくなってきたので、家庭での飼育にそろそろ限界を感じています。
けいこっちさん、こんにちわ・・・
ウチでは、結局、受精卵21個中、生き残ったのが(たぶん)9匹くらいで、そのうち6匹を放流しました。・・・残りの3匹は淡水槽で飼ってみようと思います。ただし、この3匹はあまり元気がありません。昨秋、名栗渓谷で捕まえたウグイ(?)の稚魚たちがメチャメチャ元気なのに、身体もあまり太らず、ボーっと漂っています。
さて、多摩川に放したサケの稚魚は、あの日だけで相当な数になります。親子が30組以上来ていました。翌日は府中の方たちがもっとたくさん放流したはずです。いずれ戻ってくるのでしょうが、果たして定着(自然産卵して、増える)していくものかどうか、・・・いかがでしょうか。同じ東京湾に注ぐ荒川あたりはどうなんでしょうか。
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