今朝、銀行のCDに小銭を入れたところ、故障で処理が止まってしまった。
原因がこの十円玉。
充分過ぎるほどスリ減り、厚みさえ少ない感じだ。
よく見ると「昭和二十八年」とある。うん、何とこの硬貨は僕より1年「先輩」だった!
世の荒波を幾星霜、・・・乗り越えてきたという訳だ。
思うに、いよいよ僕らの世代(ポスト団塊)も、世間との格闘で身も心もボロボロという方が目立つようになった。
少し先輩になるが、昔、籍を置いた会社でお世話になった奥村真さんが、先日亡くなったという。
もちろん僕らは、まだ守りに入る年齢ではなく、またそれが許される状況でもない。
CDが十円玉と認めてくれなかった硬貨を見ながら、わが行く末を思う朝だった。
太郎は中学二年。仙台の父は、震災で一挙に立ちあがりができなくなり、ほぼ半年後の昨年11月、94歳で往生を遂げた。戦争など時代の大波に翻弄されたとは言え、その時代を母と共に良く生きた生涯だった。母(89)は、昨年末、平塚のケアハウスに移り、健康を取り戻した。ブロガーたる私、仕事は必ずしも順調とはいかず・・・、公私ともに多難なゴジラ世代(1954年生)の苦難は続く
金曜日, 11月 06, 2009
日曜日, 11月 01, 2009
毘沙門の落日
三浦の毘沙門港あたりまで遠出した。
釣具屋によると、どの磯も釣果が芳しくないという。
この日の満潮は午後3時。海は少し荒れて、砕ける波が釣り人の足許を洗うようになった。
大物を狙う欲と波が砕ける恐ろしげな轟きを両天秤にかけて、慎重に足場を選んだ。
これで釣ったのが下のウミタナゴ、・・・22センチあった。
(先輩の釣師の皆さん、笑わないでください、・・・これでも僕には「大物」です)
振り向くと城ヶ島の向こうに夕陽が落ちるところだった。
釣具屋によると、どの磯も釣果が芳しくないという。
この日の満潮は午後3時。海は少し荒れて、砕ける波が釣り人の足許を洗うようになった。
大物を狙う欲と波が砕ける恐ろしげな轟きを両天秤にかけて、慎重に足場を選んだ。
これで釣ったのが下のウミタナゴ、・・・22センチあった。
(先輩の釣師の皆さん、笑わないでください、・・・これでも僕には「大物」です)
振り向くと城ヶ島の向こうに夕陽が落ちるところだった。
火曜日, 10月 27, 2009
秋天晴日 a nice day in autumn blue sky
Ogikubo, Tokyo metoropolitan city(2009.10.27)
この一年ほど、いろいろなことがあった。
4月に太郎は小学五年となり、ますます私の言うことを聞かなくなった。
いつもベンチを温めているようすだが、少年野球チームの練習に欠かさず参加している。
仕事では、1年半ほどの「社内起業」の試みがゆきづまり、私自身も20年近く籍を置いた会社を辞めることとなった。
この時には、たくさんの方々から励ましを頂いた。
とくに旧くからの先輩である岡部喜重郎氏が「千葉さん頑張れ、失敗してもあまりめげずに、成功を目指して頑張って」と書いて頂いたことが心に沁みた。
三浦の海には変わらず通い続けている。
木曜日, 1月 22, 2009
いや、失敗、失敗・・・
今日(1月22日)、中野区の警大跡地開発計画の事業者説明会が開かれ、私もご縁があって会場の一席に座らせて頂いた。会の経緯については、またどなたかが報告されることと思うので省かせて頂くが、どうもこの計画はイケナイ、・・・実質的な事業主体である東京建物の説明も何かウツロな響きがした。彼ら自身がこの計画の実現性に確信をもっていないのではないか、・・・そんな疑問が胸をよぎった。
会場で配られた資料には「平成21年度着工(予定)」とあった。でも、なぜ「予定」なの?
土地代だけで1,400億円という、いかにも「時代に相応しくない」巨大プロジェクトがこのまま計画どおり進行する保証はどこにもない。21年度着工、24年度竣工という「予定」を守れなかった場合、そのリスクは誰がとるのだろうか? この「予定」はいかにもあり得ないものに思える。
区民の立場として、計画が頓挫した場合(その可能性は決して小さくない)、いかなる意味でも区に負担や尻拭いを求めないという一札を東京建物に求めるべきであると思う。
私自身はこの会場で、かなり緊張してしまった。
・・・いや、まだまだ修行が足りない。
番小屋のお母さんにこのお話をしたら、「名優は無茶苦茶緊張するもの」と聞いたようなことをいう。
知った間柄のグループで話すのとは違う、好意も悪意も入り混じった場で生き生きと自己主張する訓練をしよう。某大国の新大統領には敵わぬとしても、ね・・・
会場で配られた資料には「平成21年度着工(予定)」とあった。でも、なぜ「予定」なの?
土地代だけで1,400億円という、いかにも「時代に相応しくない」巨大プロジェクトがこのまま計画どおり進行する保証はどこにもない。21年度着工、24年度竣工という「予定」を守れなかった場合、そのリスクは誰がとるのだろうか? この「予定」はいかにもあり得ないものに思える。
区民の立場として、計画が頓挫した場合(その可能性は決して小さくない)、いかなる意味でも区に負担や尻拭いを求めないという一札を東京建物に求めるべきであると思う。
私自身はこの会場で、かなり緊張してしまった。
・・・いや、まだまだ修行が足りない。
番小屋のお母さんにこのお話をしたら、「名優は無茶苦茶緊張するもの」と聞いたようなことをいう。
知った間柄のグループで話すのとは違う、好意も悪意も入り混じった場で生き生きと自己主張する訓練をしよう。某大国の新大統領には敵わぬとしても、ね・・・
水曜日, 12月 31, 2008
たろパパ、大晦日にボラを3匹釣ること
なにやら『今昔物語』風のタイトルだけれども、昨日(30日)から三浦半島・湘南に釣りに出かけた。昨日は暖かく、午後に強くなりかけた風も夕方には収まり、今日は今日で穏やかな釣り日和となった。

昨日はこの一年よく通った「黒崎の鼻」へ。昼すぎ、だんだん風が出てきて波も荒くなってきた。わずかに手のひらサイズのウミタナゴのみで撤退。ビーチバムさんで今年最後のランチを頂いた。そして、昨晩は、急遽、平塚の姉の家に泊めてもらった。・・・釣り宿代わりにしてしまい、本当に申し訳ない! でも、久しぶりの四方山話が楽しかった。
今日は大磯漁港から江ノ島の磯、そして葉山の少し先にある久留和漁港へ。結局、この日釣れたのはボラ(イナ?)、ボラの幼魚(イナッコ?、スバシリ?)の3匹のみだった。この季節、ボラは脂がのり、刺身は濃厚な味わいがする。

ボラは出世魚とか・・・。大晦日に大中小のボラを釣るのは縁起がよい、と勝手に思う。この秋以来の経済の崩壊、ガザの空爆による大量殺戮、・・・暗いニュースばかりが飛び交う時代。何とかこの時代そのものが変わるように・・・、本当の「チェンジ」が到来するように。

チェンジ アンド スマイル、・・・ちょっと唐突な書き方だが、これが「新年のスタンス」ではないだろうか
この夕陽が今年最後・・・(31日、久留和漁港)
今日は大磯漁港から江ノ島の磯、そして葉山の少し先にある久留和漁港へ。結局、この日釣れたのはボラ(イナ?)、ボラの幼魚(イナッコ?、スバシリ?)の3匹のみだった。この季節、ボラは脂がのり、刺身は濃厚な味わいがする。
今日は富士がよくみえた(31日夕刻、久留和漁港から)

ボラのウロコは落ちやすいが、イナセの語源というとおり、姿は美しい
ボラは出世魚とか・・・。大晦日に大中小のボラを釣るのは縁起がよい、と勝手に思う。この秋以来の経済の崩壊、ガザの空爆による大量殺戮、・・・暗いニュースばかりが飛び交う時代。何とかこの時代そのものが変わるように・・・、本当の「チェンジ」が到来するように。
チェンジ アンド スマイル、・・・ちょっと唐突な書き方だが、これが「新年のスタンス」ではないだろうか
日曜日, 12月 07, 2008
葡萄、ブドウ、ぶどう
今年のこの「日記」は今日で5回目、・・・これでは日記ではなく、月記でもなく、季刊になってしまう。回数からみれば、今年は最少の年、ブログの運命は「風前のともし火」といってもよい。
孔子様は四十を不惑としたけれども、僕は五十をいくつか過ぎてもまだ迷ってばかりだ。
太郎は小学4年。邪気がなさすぎと感じられることも多く、年齢の割りに幼いとも思う。
【父子の会話】
父 (太郎が感心にも机で勉強しているのをみて)うん、頑張ってるねえ。でもパパが子どもの頃は家で勉強したことなかったなあ。学校で授業を一生懸命聞いてるだけでオール5だったね!(と自慢したが・・・)
太郎 それで普通のサラリーマンか・・・

先日、母方の叔父が逝った。強い個性の人で、私などにも折に触れて声を掛けてくれた。卆寿を越えた大往生だが、とりたてての葬儀はせず、遺志どおりの家族葬だという。時代は、家族のあり方、終末の迎え方、墓の持ち方、・・・それぞれに大きな変化のただ中にある。
私の両親もまた仙台で、今にも折れそうになる細枝が二本、支えあうように暮らしている。もういつ何があってもおかしくない、・・・そういう覚悟はあっても、いざそうなれば、あれを聞いておくんだった、これを聞いておくんだったと、後悔が重なることもまた間違いない。

今年、勤務先の三年ごしの経営難はようやく終わりがみえてきた。あまりに深かった「谷」の負債を背負いながらも、徐々に状況は好転しつつある。自分についても、よくも倒れずここまで踏ん張り抜いたと静かな自信を感じながら振り返っている。
2008年の師走。後で振り返れば、結構大きな人生の節目の年ということになるかもしれない・・・
孔子様は四十を不惑としたけれども、僕は五十をいくつか過ぎてもまだ迷ってばかりだ。
太郎は小学4年。邪気がなさすぎと感じられることも多く、年齢の割りに幼いとも思う。
【父子の会話】
父 (太郎が感心にも机で勉強しているのをみて)うん、頑張ってるねえ。でもパパが子どもの頃は家で勉強したことなかったなあ。学校で授業を一生懸命聞いてるだけでオール5だったね!(と自慢したが・・・)
太郎 それで普通のサラリーマンか・・・

どうもこの絵柄には「お手本」があるらしい・・・
先日、母方の叔父が逝った。強い個性の人で、私などにも折に触れて声を掛けてくれた。卆寿を越えた大往生だが、とりたてての葬儀はせず、遺志どおりの家族葬だという。時代は、家族のあり方、終末の迎え方、墓の持ち方、・・・それぞれに大きな変化のただ中にある。
私の両親もまた仙台で、今にも折れそうになる細枝が二本、支えあうように暮らしている。もういつ何があってもおかしくない、・・・そういう覚悟はあっても、いざそうなれば、あれを聞いておくんだった、これを聞いておくんだったと、後悔が重なることもまた間違いない。

「黒崎の鼻」の磯(2008年11月)
今年、勤務先の三年ごしの経営難はようやく終わりがみえてきた。あまりに深かった「谷」の負債を背負いながらも、徐々に状況は好転しつつある。自分についても、よくも倒れずここまで踏ん張り抜いたと静かな自信を感じながら振り返っている。
2008年の師走。後で振り返れば、結構大きな人生の節目の年ということになるかもしれない・・・
月曜日, 11月 03, 2008
鳥の死
今日、出勤してみると、席の外のベランダに鳥の死骸が落ちていた。ムクドリだろうか、・・・ちょっと違う気もする。イマドキは(鳥インフルが怖く)鳥の死骸にうっかり触ることもできない。でも、雀やシジュウカラ、逃げ出したインコなど、普段見かける鳥たちはどこで死ぬのだろう? 普段見かける鳥たちの数に対して見かける死骸が少ないのはなぜだろう?

夜、母親が太郎に算数を教えている。・・・が、どうも太郎はイヤイヤで興がのらない。母も強情、太郎も強情、互いのやりとりがだんだんトガってくる。母親の努力が空回りしているようだ。私はそばでみながら、算数ぎらいをまたひとりつくらなければよいがと案じる。

昨日も「黒崎の鼻」にひとり釣行となった。ご近所や太郎の保育園時代の皆さんを誘ったが、残念ながらどなたも都合がつかず。トナリのシュウシュウはすごく行きたかったのに、朝になってみるとたろパパの車がなく、ワンワン泣いたとのこと、・・・シュウシュウ、ごめんなさい。「鼻」はやや波が高かったが、先のほうで25センチクラスのチンチン(クロダイ)を上げている方もいた。
勤務先の経営危機はまだまだ安心できないけれども、少し落ち着いてきた。このブログ、以前のようにはいかないだろうが、また少しずつ書いていきたいと思う。

夜、母親が太郎に算数を教えている。・・・が、どうも太郎はイヤイヤで興がのらない。母も強情、太郎も強情、互いのやりとりがだんだんトガってくる。母親の努力が空回りしているようだ。私はそばでみながら、算数ぎらいをまたひとりつくらなければよいがと案じる。
昨日も「黒崎の鼻」にひとり釣行となった。ご近所や太郎の保育園時代の皆さんを誘ったが、残念ながらどなたも都合がつかず。トナリのシュウシュウはすごく行きたかったのに、朝になってみるとたろパパの車がなく、ワンワン泣いたとのこと、・・・シュウシュウ、ごめんなさい。「鼻」はやや波が高かったが、先のほうで25センチクラスのチンチン(クロダイ)を上げている方もいた。
勤務先の経営危機はまだまだ安心できないけれども、少し落ち着いてきた。このブログ、以前のようにはいかないだろうが、また少しずつ書いていきたいと思う。
土曜日, 8月 16, 2008
残暑お見舞い申し上げます
皆さまにはすっかりご無沙汰してしまいました・・・

太郎は元気に「10年目の夏」を過ごしております
残暑見舞いのお返しに使いたいと思い、写真のハガキを欲しいと頼んだら、「それは一番よく描けたものだからダメ」と断られてしまいました、・・・実は私もこの一枚の色づかいがよいと目をつけていたのです
太郎については気がかりなこともあります、・・・これについてはまたいずれ改めて書きたいと思います。明恵上人が「我すでに老いたり」と記した年頃、少年としての完成期にさしかかった太郎にも「嵐の時代」はまもなくやってくるでしょう。ロクな親でもありませんが、よくよく心していきたいと思います。
今年は3年に1度の介護保険計画見直しの年でもあり、この盆の最中ですらまったく休みもとれません。皆さまにはさまざま欠義をし、ご迷惑もお掛けしています。いま暫しのご猶予、お許しを頂きたくお願い致します。
太郎は元気に「10年目の夏」を過ごしております
残暑見舞いのお返しに使いたいと思い、写真のハガキを欲しいと頼んだら、「それは一番よく描けたものだからダメ」と断られてしまいました、・・・実は私もこの一枚の色づかいがよいと目をつけていたのです
太郎については気がかりなこともあります、・・・これについてはまたいずれ改めて書きたいと思います。明恵上人が「我すでに老いたり」と記した年頃、少年としての完成期にさしかかった太郎にも「嵐の時代」はまもなくやってくるでしょう。ロクな親でもありませんが、よくよく心していきたいと思います。
今年は3年に1度の介護保険計画見直しの年でもあり、この盆の最中ですらまったく休みもとれません。皆さまにはさまざま欠義をし、ご迷惑もお掛けしています。いま暫しのご猶予、お許しを頂きたくお願い致します。
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