土曜日, 3月 04, 2006

子供たちの力

先ほど(3月4日(土) 後10:10-11:00)NHK/BS1で放送していた『仲間たちが希望をくれた インド・子どもたちの労働組合』をみて泣いた。故ドラッカー先生も言ったとおり、インドは英語圏の情報技術大国として繁栄しつつある一方で、たくさんの子供たちが自ら働いて運命を開かなければならないという現実も抱えている。

「インドの都市部では、農村から出てきた多くの子どもたちが働いている。靴磨き、屑拾い、物売り、洗車、工場労働・・・そんな子どもたちがいま、互いに支え合うことで、就学の機会をつかみ、たくましく生き抜くチャンスを作り出そうとしている。デリーのハヌマン寺院周辺の露店で働くランジット君は14歳。10歳の時、家計を助けるために故郷を離れてデリーにやってきたが、思うように稼ぐことができず、やがて家族とも連絡がとれなくなってしまった。いまランジットは、児童組合のリーダーになり、仲間たちの相談役となっている。ランジットの目標は、仲間たちとチャイの露店を出すことだ」(番組ホームページより)

番組のはじめあたりでは「こういう厳しい中で健気に生きている子供たちの姿を(超甘ったれの)太郎にもわからせたい」てなことを思いながらみていましたが、最後のほうでチャイの露店のリーダーとして仲間への責任感から、せっかく再開した両親と別れて暮らすことをランジット君が決意したというあたりでは、ただもう涙、涙でした。たろパパが物心ついた頃(1950年代の後半)よりさらに何年か前の敗戦直後には、きっと日本でも同様の境遇にあってたくましく生き抜いた子供たちがいたんだろう、親が「子育て」みたいなことを言う場合も子供たちがもつこの成長の力を信じないのであれば逆に成長の障害になるに違いない、とか、いろいろ反省を呼び覚まされたことでした。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

>親が「子育て」みたいなことを言う場合も子供たちがもつこの成長の力を信じないのであれば逆に成長の障害になるに違いない

うん、うん。そのとおりですね。特にうちは一般家庭で典型的なサラリーマンであり、子息への事業継承などの大義はきっとこの先もありませぬ。この場合こどもにとって人生は自由選択であると考える一方で、大いに自らの試行錯誤を重ねる中で将来を切り開いていく機会が設けられなければならないでしょう。

親がこどもに対して親の義務を果たしている期間である以上、心配はついてまわるでしょう。思い起こしてみると私の青年期に考えたことについて、自分の両親を説得し協力をえていくのが非常に億劫に感じた時期が多々あったように思います。今考えると、それが大人の意見として為になった点、また反対された結果初志頓挫して説得に費やした時間が非常に無為に感じられることすらありました。

授かったこどもは例え私の子であっても神の子であり、その子の自由意思や背景を持っている。つまり私の生活に一定期間寄添うことになる留学生のようなものである。普遍的には私自身そのような考えをもっています。子供が18歳になり高校を卒業すれば遅くともそれを契機に生計を別にして家を出てもらおうか。

たまに「パパ・ママとの生活は、18歳になったらバイバイなんだよ」と保育園に通う今の時期から口にしたりしてます。もちろん軽率な冗談の調子でですが。

但し、上述については母子における関係を考慮せず、ということですのできっとまずママからは大いに反論を喰らうでしょうが・・・

とむ

たろパパ さんのコメント...

歳をとってからの子はかわいいなんて申しますが、それを地でいくようなたろパパですので、とむさんほど子どもを客観的にみることもできませんが、かわいい子には旅をさせよ、っていうことでしょうね。本当にことわざというのは一言で真理を言っている場合があります。