この一年ほど、いろいろなことがあった。
4月に太郎は小学五年となり、ますます私の言うことを聞かなくなった。
いつもベンチを温めているようすだが、少年野球チームの練習に欠かさず参加している。
仕事では、1年半ほどの「社内起業」の試みがゆきづまり、私自身も20年近く籍を置いた会社を辞めることとなった。
太郎は中学二年。仙台の父は、震災で一挙に立ちあがりができなくなり、ほぼ半年後の昨年11月、94歳で往生を遂げた。戦争など時代の大波に翻弄されたとは言え、その時代を母と共に良く生きた生涯だった。母(89)は、昨年末、平塚のケアハウスに移り、健康を取り戻した。ブロガーたる私、仕事は必ずしも順調とはいかず・・・、公私ともに多難なゴジラ世代(1954年生)の苦難は続く




3学期が終わり、太郎が学校で描いた絵を持ち帰ってきた。色づかいがよいと思ったので、太郎に「許し」を得て(彼はこういうことに結構ウルさい、・・・誰に似たかな)、仙台のおばあちゃんに送った。この仙台の(私の)母が急に痔の手術をすることになり、忙しいためお見舞い代わり、という意味もあった。ついでに勤め先のPCのデスクトップの背景に入れたが、色づかいが強すぎて「ちょっと疲れる」感じもする。これまでのペリカンの方がまだ落ち着いていてよかったかなあ・・・
この1月末以来、土日休日を含めて1日も休めない繁忙が来た。仕舞には某特例市の高齢福祉課の連中と激しいバトルになってしまい、食事ができない(食べ物を受け付けない)、連続下痢状態になった。自身の「怒りの感情」が、これほど強く身体に影響することに、改めて驚いた。このあたりはコンサル業務の宿命かとも思うが、そういって納得ばかりもしていられない。今もまだ数時間単位で気の抜けない過程が続いている。
年度末の繁忙が来たのも数年ぶりだが、今年はいくつか心から興味をもつことができるプロジェクトに係わることができたことがうれしい。まだ、余裕をもって振り返る段階ではないけれども、いろいろなところで応援して頂いた皆さんに、心より感謝したいと思っている。・・・とりあえず、報告と更新停滞のお詫び(言い訳?)に代えて書いておきます。・・・と、それにしても「釣り」に行きたいなあ・・・
今年初めての記事となりました。本年もよろしくお願いします。