金曜日, 2月 24, 2006

変わりゆく私たちの世界 『ザ・サーチ』を読んで(1)

 この2006年2月22日のニュースによると、グーグルはトップページから「ディレクトリ」検索へのリンクをはずし、「Google ローカル」へのリンクを追加したとのことです。グーグルを単にインターネット検索のひとつと思っているほとんどのユーザはあまり注意を払いませんが、例えばこのトップページの検索ボックスに「白松が最中」と入力して「ローカル」というリンクをクリックすると、初めて体験するユーザには実に不思議なことが起きます。さあ、どうです? 動かない? 北米大陸の地図が表示されたままですか? それはともかく・・・
 ここでなぜ仙台の銘菓である「白松が最中」を入力するのかという説明のほうはちょっと面倒なので省きますが、この「ローカル」の検索では、お店や学校などさまざまな団体の電話番号や住所など電話帳その他で公開された情報をウェブのサイト情報とともに地図上(日本ではゼンリンが提供元らしい)に表示させることができるのです。これは、情報がお互いに関連づけられて、世界のどこかにあるグーグルのコンピュータに整理(インデックス化)され保存されているからです。
 1998年秋に設立後、2004年夏には株式を公開して数十億ドルもの資金を集め世界の話題をさらったグーグルですが、その後もGメールやグーグルアースなどつぎつぎとサービスを展開して検索のトップを走り続けています。本書は、そのグーグルについて、その起源から検索の未来までを縦軸とし、ビル・グロスを典型とする米国ネット企業人の素顔を横軸として、「いまだ進行中の物語」を大変的確に描き出しています。検索とネット企業の興亡というテーマにも興味をそそられますし、視点や分析にも鋭いものを感じます。
 とくに著者が最終章「完全なる検索」で強調している点、つまり、ウェブのすべての情報が時間軸にしたがって保存されていく時代が来つつあり、現代が歴史、文明の転換点となるだろうという予想は確かだろうと思います。この現代にアレキサンドリア図書館を、しかも人類の歴史とともに今度こそ滅亡することのない途方もない情報の城を築こうという試みです。この点に、たろパパは一番感心もし、関心も深めました。これは、グーグルが開始し実証したことですが、仮にグーグルが倒れても、必ず誰かがさらに大規模に取り組んでいくという気がします。
 因みにこのブログ「たろパパ日記」もグーグルのサービスを利用して公開していますが、この書き込みもまた世界のいずれかのサーバに保存されて長い旅を続けるのかもしれません。そうなると、2050年のある日、アフリカで昆虫の研究をしている太郎の息子の小太郎くんが「たろパパ」と検索するとこのブログが出てきて「そうかあ、たろジイの時代にはまだ21世紀アーカイブがなかったんだ!」と「発見」してもらえるようなことにもなるでしょう。どうお?小太郎君、たろジイの時代のことが少しはわかったかな?
【原著】The Search by Jhon Battele(2005/5)
【邦題】ザ・サーチ グーグルが世界を変えた ジョン・バッテル(2006/11)

【写真】たろパパの家では、去年の春、日曜大工でつくった小鳥の巣箱にシジュウカラの夫婦が住みつき、約10羽ほどのヒナを育てました。巣立ちの日、残念ながらヒナのうちの1匹はカラスに襲われて食べられてしまいましたが、残りのヒナは元気に近所を飛び回っています。今年の春、ここでまた営巣するかどうか、気になっています。(2005年5月14日、たろパパ写す)

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

確かローカルの機能はベータ版で暫く運用されていた後に本機能として公開されたみたいです。

グーグルは、ある意味で現代もっとも怖い会社の一つですね。現状で趨勢である科学者グループ中心に構成されるグーグルのマインドセットが、間違ってもその興味や会社の方向性がファイナンスや企業投資などに向かって欲しくない。彼らが本気になればNTTなどあっという間に買収されてグーグル傘下の一データベンダーとして成下がるかも知れない。

なにが云いたいのかと申しますとこれまで我々の先人達が構築また維持してきた現代の社会システムに対して、普遍的なテクノロジーが根本から変えてしまう可能性があるということです。ここでいう社会システムとはインフラ・制度・組織・情報・ネットワーク、またそれらに従属する権威や人の価値観のことです。私は技術者ではありませんが、テクノロジーがそういった潜在的な力を持っている、またそれは遠い将来の想像ではなくすでにその適用範囲や方法の如何の段階にある、そう考える信奉者の一人です。

おおげさでしょうか!? でも考えてみてください。会社で自分が自分の上役よりも情報を知りえる立場にいたら、またそれを自ら操作できるとしたら。共感しない命令などについては、職務であっても果たして素直に聞き下せるでしょうか・・・。会社などではそのような事例を回避すること目的に、アクセシビリティーキャップとして職務権限規定などを設けていますけどね。

家庭ではどうでしょう?私は2児のパパですが子供に対する義務を遂行つつ、はたして20年後も親の権威を保ち続けることができるでしょうか?こどもの視点から共感できるような生き方(姿勢)を自ら自信を持って示すことが本当に重要ですね。そうでなければ、
教育を施す過程において旧保守派の家族観を叩き込みつづけるか、または早々に引導を渡すことを考える方が得策かもしれませぬ。

とむ

たろパパ さんのコメント...

> グーグルは、ある意味で現代もっとも怖い会社の一つ
 書かれていることは大変よくわかります。反対に、僕もとりあえず「素朴なグーグル・ファン」を装ってはいますが、けっしてこの企業が資本主義の論理を超えるとか、社会貢献策としていろいろなフリーサービスを提供しているとか考えている訳ではありません。とは言え、ワンクリック7セントを積み上げてウン十億ドルを売り上げる企業にとって、人々がどのようにグーグルをみるか、感じるかという点は決定的であって、中国政府との関係やオーガニック検索をめぐる「ちょっとした調整」が、あっという間に凋落に結びつく可能性は否定できません。つまりグーグルは彼ら自身が「邪悪にならない」と自戒するまでもなく、少しでも「邪悪」な振る舞いをすれば人々は海の潮が引くようにサアーっと引いていくでしょう。この怖さを恐らく創業者のお二人はよくわかっていると思います。そして、わかっていても逆らえないのが、この人間がつくる社会の論理なんだろうと思います。
 以上、とむ様、コメント頂きありがとうございます。もっともっと議論していきましょう。