水曜日, 2月 15, 2006

みんなブログを始めようよ!


 まあ、3日更新が続いたからもうほとんど勝ったようなもんだと気分をよくしています。そして、僕がブログを始めてよかったと思うのは、心が思いのほか元気になったことです。昨日引用したワインバーグ先生の「プレスコットのピックルス原理」にも関係しますが、コンサルタントとしてだけでなく、ひとりの人間としても、同じクライアントや同じグループに長くそして深く関係し過ぎるのはあまり望ましいことではないのだろうと思います。とくに日本人の社会においては。

 これまで(そしてたぶんこれからも)僕は3つのクローズドなネット上のグループに属しています。それぞれ目的や性格が違い、活発・不活発の違いはあっても僕にとってはみな大切な仲間、友人たちのネットワークです。ところが、こうした(いずれも日本の文化習慣をもつ)グループの中ではなかなか本音のやりとりというのができにくい。別にケンカをしている訳ではなくても、なんとなくシックリこなくなります。これはたぶんあのR・ベネディクトが『菊と刀』で指摘した日本人の社会性の欠如と関係することだろうと思います。とにかく私たちには忌憚なく議論する(それを楽しむ)習慣がありません。

 そこへ行くと、グーグルをつくった二人(ラリー・ペイジとサーゲイ・プリン)のように、いきなりケンカ腰の議論で相手を試しながら認めあって意気投合し、以来、わずか10年でIBM、マイクロソフトに続く超巨大企業を築くなどということは日本では起こりにくい(起こらないとは言いません)ということだと思います。3つのネットワーク・グループについては、これからも積極的に関わって行こうとは思いますが、以上は、それらとは別にこのブログを僕が自分を取り戻す場としていきたいと思う由縁です。

 昔に較べれば日本もずいぶん風通しがよくなりました。でもまだまだです。そういう意味で、実際には難しいことかも知れませんが、一定の年齢になったら太郎をどこか外国に留学させたほうがよいのでは、と密かに悩むたろパパではあります。何よりもこういう「沈黙」の伝統が支配する社会習慣に太郎を染めたくないと願います。

 話がそれました。どうです、皆さん、ブログで元気になりませんか?(なによりタダというのがいいね♪)

【写真】たろパパの勤め先は荻窪。今日の昼飯は、出先から帰る途中、この荻窪北口の「新宿ねぎし」で食べた。麦とろは好きだが、グルメじゃないので味の評価は控える。なにより去年秋の出店ということでインテリアが新しいのがいい。トイレもきれいだったが、便座と蓋が自動開閉したのは驚いた。でも、この立地は、長いことスタンド風の寿司店があったところで、そのお店は結局鳴かず飛ばずというか地味だった。経営としては難しいところという感じもする。20店舗ほどの独立系のチェーンのようですが、どうぞ頑張ってください。

※このメール、一度は普通の電子メールに写真添付ファイルで送ったのですが、さすがにダメで、サイドブロックが表示されない、タイトルが文字化け、写真なし、みたいなことになってしまいました。また研究課題ができてしまったわけです。

7 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

>同じクライアントや同じグループに長くそ >して深く関係し過ぎるのはあまり望ましい >ことではないのだろうと思います。とくに >日本人の社会においては

たろパパのブログを拝見するのがすっかり日課になってしまいました。私は今でこそ35歳の平凡な中年ですが、幼少期(小4?中2)まで、また高校時代に外国生活を過ごした経験がありいわゆる帰国子女(同期が2代目バイリンギャルの浜家優子)であります。特筆すべきことは日本での地元は杉並であり、帰国後いずれの機会においても旧来の友人グループに戻ろうとしてフィットせず結局自ら離れていったという経験をしているのです。

海外生活を通じて感じたのは一種奇妙な排他性の存在で、これは所得水準や受けた教育レベルによるところ大きい。また日本人のそれより明らかに大意での所属グループの差別化の要素となっていることである

たろパパは上述の意見を持つに至った経緯に興味がありますね。

一方で私がこのブログにまでコメントを付記するようになると、本文で仰っていた2グループに関与することになりかねないと感じ、これはあまりお互い好ましくない状況なのでしょう。人生の思慮深き先人として敬意を払いつつ、微妙な距離感のもとに今後もお付き合い下さいませ。

とむ

たろパパ さんのコメント...

毎日みて頂いてるというのは嬉しいですね。

> 海外生活を通じて感じたのは・・・日本人のそれより明らかに大意での所属グループの差別化

海外といってもいろいろあるんでしょうが、アメリカあたりは平等という理念と現実の所得較差の大きさが同居している面白い国のようですね。子どもを乳母や専任の家庭教師を雇って育てるような超リッチな人々は子どもの食べ物の好みも知らないとか聞いたことがあります。

> 一方で私がこのブログにまでコメントを付記するようになると、本文で仰っていた2グループに関与することになりかねないと感じ、これはあまりお互い好ましくない状況なのでしょう。

そんなこと、ナイっす♪ このブロガーを開発しているお兄さんたちは「さまざまな考えや意見、アイディアを持つ世界中の人々が利用する Blogger は、究極のネットワークツールです」なんて書いてますよ。また「ブログユーザーは、自分の考えを表現して仲間と意見を交換し続けることで、他のどのサービスより高度な社会システムを築き上げることができます(Biz Stone)」だって。あんまり書くとグーグル信者みたいにみえるから止めますが、まんざら嘘でもないでしょう。それだけのことはあります。

あまり気にせず、書きたいこと書いて下さいませ。あるいは、そういうことを気にしだすということがそろそろ首のあたりまで漬け水につかってしまったということかもしれませんよ。

macia@milano さんのコメント...

皆サンまじめに書かれているのに、
くだらないコメントで申し訳ないんですが、
あのドトールの隣にねぎしが出来たんですね。
最近ふと思いますが、やはり日本には
おいしいものがたくさんあります。
こちらに来て、おいしいものの基準値が下がりましたから。

最近もっぱらおいしいと思うのは
「CHIACCHIERE」という名前のお菓子。
このカーニバルの時期だけの限定商品です。
どのパン屋さんやお菓子屋さんでも
そのお店のオリジナルの作り方で作るお菓子ですが、
さくさくしてておいしいんですよ。

あぁ、牛タンたべたいなぁ。
それよりとろろごはんですね。

たろパパ さんのコメント...

macia様
> やはり日本にはおいしいものがたくさんあります
そうなんでしょうね、きっと。でも、僕から見ればイタリアに留学できるなんていうのは夢また夢の超素晴らしいことであって、僕がもしmaciaさんのような立場だったら、ローマ時代の遺跡、工業製品やインテリアの優れたデザインなど、日本では体験できないものをいっぱい見て廻るでしょう。僕はたぶんローマもフィレンツェもベネチアも一生見ることはないのでしょうね。
そうだ、今度、日本にお帰りの際は、おいしい麦とろをご馳走しましょう!

macia さんのコメント...

わーい♪
日本食材は手に入らないわけではないし、
おいしい日本食屋さんもあります。
でも、やっぱり値段がねぇ。

余談ですが、先日田舎に行った際に
やはり発見が。
田舎はご飯がおいしい。
イタリアン、っておいしいイメージですが、
要はミラノがいまいちなようです。
値段も田舎のほうが良心的ですし。


ローマ、街が大きすぎて大変でした。
バス乗り間違えて約束に1時間遅れたり。
でも、どこに行っても遺跡みたいなものだったので
とても楽しかったですよ。

機会があれば是非訪れて欲しいものです。

たろパパ さんのコメント...

macia様
昨年の暮れに「ミラノに米を送る方法」を調べていた頃、外資系メーカーのエンジニヤでイタリアにもいたことのある友人が「イタリアでも結構、稲作をやっているし、米はあるのでは?」みたいなことを書いていました。また、僕らもグーグルみたいに儲かっていれば、社会貢献、文化振興とかいってmacia様を応援もできるのですが、今は(まああと10年くらいは)無理なのでどうぞ慎ましく頑張ってください。
食べ物という点では、確かに日本は恵まれているように思います。いや、世界の範囲でみたら恐ろしいくらいチョー恵まれているといいてもいいですよね。清貧なんていいませんが、日本が世界の中で飛び抜けて恵まれた環境にあるという意識くらいは常識にならないといけないでしょうね。
でも、帰朝の折りの晩餐が「麦とろご飯」でいいんでしょうか。こちらは安上がりで歓迎ですが。

macia さんのコメント...

わはは!!
お気遣いありがとうございます。
幸いなことに、本当に米は安く、日本より
手軽に買うことが出来ます。
ただ、リゾット用やサラダ用なので、
どうしても鍋で炊くと外はやわらかく中は芯が・・・という炊き上がりになってしまいます。
でも、先日日本製のお米を使ったらその炊き上がりは上述の現象が顕著で、要は水が合わないのかな、と思ったりもしました。
郷に入らば郷に従えとはよく言ったものです。
おかげで今日は、おいしく出来上がったカレーをおかゆ一歩手前くらいのご飯で食べることになってしまいました。
修行が必要です!
ところで、日本人はやっぱりカレー好き。
パーティーでカレーを作るととても喜ばれます。
我が家で今一番必要なのは日本製のカレールーかも?