金曜日, 7月 28, 2006

エディプス・コンプレックス

一昨日の「NHKスペシャル『ワーキングプア』を見て」は、経済問題と犯罪の問題を一緒に論じてしまったので、元々わかりにくい文章の見通しがますます悪くなってしまったようです。これにRパパからコメントを頂きました。また、別の方からは、特に経済分野での行き過ぎた「勝ち組バッシング」を心配する等のご意見を直接メールで頂きました。お二人とも、大変、ありがとうございます。


【写真】トンボをねらう虫取り隊(2006.7.15 近所の都市農地で)

凶悪な犯罪について、それが増えているというのは、確かにマスコミの報道を主情報とする印象ですので、Rパパのご指摘のとおり、実態に大幅なバイアスがかかっている可能性はあると思います。とは言え、1960年代あたりだと、吉展ちゃん事件とかが何年も人の口に上る大事件だった訳で、やはり今に較べればチョーのんびりした時代だったという気がするのですが・・・。

それから、さきに奈良の医師宅放火事件について、このブログで論じましたが、そこで私が書いたこととは別に、父子関係というのは、やはり本質的に剣呑なところ、時代性ということでは説明できない難しさがあるのだろうなと思います。太郎は今7歳ですが、これくらいの男の子をもつ父親は、みんな多かれ少なかれ、どこか心の奥で深刻に悩むところがあるような気がします。・・・まあ、僕がそうだから、そのように感じるのかも知れませんけれども。

太郎だけでなく、今の子どもたちをみていて「大変だな」と感じるのは、親が子に求めるものの「密度」がかなり高くなっているという点でしょうか。そんなに忙しく追い回さなくても・・・と思うことがあります。私の勤務先がある荻窪の駅前で、夜8時とか9時に塾を終えて親が迎えにくる子どもたちがたくさんいます。学力って、そんなに大事でしょうか? といった疑問を感じます。ボーっとしている時間が心を育てるのに・・・、という気もします。

・・・いや、今日は(今日も?)とりとめのないことで。明日は、昭和記念公園の花火大会に行こうかと思っております。皆さま、一緒にいかがでしょうか。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

はじめまして。7歳の男の子をもつたろパパよりちょっとだけ若いパパです。

学力ってそんなに大事でしょうか?という問いですが、今の世の中が続く限りある意味では重要だと思います。

ワーキングプアが話題になっていますが、年配の世代は高度成長を支えた文明社会の変化という問題に直面していると思います。一方若い世代にとってのワーキングプアという問題は多くの場合『学力』が大きな要因だと思います。景気が良くなり、企業による採用が改善してきたと聞きますが、実体は引き続き非常に厳しい状況です。

しかしながら、自己矛盾しているようですが、多くの人が感じているように、同時に今の学校教育でいうところの学力はそんなに重要ではないような気もします。

自分も含め今の親は子供の学力を向上させる為に、子供のためと言い聞かせながら、お稽古ごと、学習塾、等に一生懸命になり、パパのお小遣いと子供の時間を奪ってしまっています。

私が子供のころは、子供たちが学校という集団の中でささいなことで喧嘩し、特には殴り合い痛さを学び、時にはいじめられている子を助けてあげたりすることで、親分子分のような関係が出来たりしました。今の世の中は、親が干渉しすぎることで、様々な経験を通じ、子供が自分で物事を判断できるようになる機会を奪ってしまっているような気がします。

学校から家に帰るとランドセルをほおり投げてグローブを握りしめ、遊びに行く子供は殆どいないのではないでしょうか。誰が3塁を守るかで喧嘩になることもないのでしょう。
コーチ・監督に判断を求めたり、親に、先生に判断を求める子供が増えているんだと思います。

トンボをねらう虫取り隊の中でも昔は毎日といっていいほど揉め事が起こっていたような気がしますが...今はどうなのでしょうか?

子供が安心して自分たちだけのコミュニティーを作れないことが今の一番の問題だと思います。益々激しさを増す学歴社会(格差社会)という現実を認識しつつ、親として優しい心を持った子供を育てるにはどうすればよいのでしょうか?

ペンネーム NYパパ