この一家は、父親が医師、息子は優等生という点などをみると、やはり進路などを巡って父親があまりにも強く子に対して介入しことが直接の「暴発」のきっかけのように見受けられます。少年には恐らく自分自身の心の闇がみえていないのではないでしょうか。少年が放火した時、父親が不在だったことは偶然ではないように思われます。母親や弟妹を狙ったということではないにしろ、父親にとって何よりも大切な家庭を破壊することを通じて「復讐」を果たしたいといったニュアンスを感じます。
中学から高校の時期は、河合隼雄先生が何度も書いているとおり、子どもから大人への生まれ変わりの時期、象徴的にいえば「死と再生」の時期だと思います。子どもたちが出生以来初めて「存在の危機」に遭遇する時期だということでしょう。誰しも周囲の大人に心を閉ざし、依存と反発を繰り返しながら成長していきます。大事なことですが、この時期に、何をつかみ、どう生きていくかを決めるのは本人にしかできないということです。
しかし、この田原本町の少年の場合、ある面で父親が敷いたレールにのることで、自分自身が決めるべき困難を「回避」したとは言えないでしょうか。父親もまた、あまりにも厳格に息子に「医師になれ」という自分の願いを強いたのではないでしょうか。難しいことではあるけれども、進路に迷う少年に「自分の生きたいように生きなさい、決められなければゆっくり考えればいいよ」と寄り添う親であったら、まずこんなことにはならなかったろうと思います。
・・・親子、家族、家庭をめぐる事件が次から次に起こります。事件はひとつひとつ異なることはあきらかですが、この事件は私にこのようにみえました。



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